アメリカ東海岸
〜ワシントン/ボルチモア/ニューヨーク〜
1996.11.30 〜 1996.12.07
《はじめに》
●会社の5連続休暇を利用しての久しぶりに海外旅行である.行き先は死ぬまでに一度は行ってみたかっ
た(大げさ?)ニューヨークを含めたアメリカ東海岸、軍事施設の偵察も兼ねての旅行である.同行者は
同じ会社の1つ上の先輩である.
−当初の予定では6月ぐらいに行きたかったのだが、なんだかんだでこの季節となってしまった.でも、
航空運賃など安く済んだので結果的には良かった.
《第一日目》 11/30(Sat.) 晴れ 東京(成田)→ロサンゼルス→ワシントンDC
●いつも乗ってる総武線の快速に乗って成田空港へ.お昼前に着く.出発は16:20なのでそこで昼食を取る
などして暇をつぶす.
●出発の時間.飛行機はユナイテッド・エアライン、UA890便ロサンゼルス行きである.従って、ロ
スで国内線に乗り換える必要がある.ロスまでは約9.5時間である.
−機内食は以外においしかったし、量も少な目でちょうど良かった.
●ロスで乗り継ぎ.天気は快晴だが、空港からは出られない.現地時間で09:00である.
−空港でホットドッグ&コーラを買う.
→初めてUS$をつかうのでちょっと緊張した.おつりで何枚かのコインをもらったが、これが非常
に分かりにくい.なんで10セントより5セントの方が大きいのだー! 25セントって中途半端は何だー!
(その後、マクドナルド等で小銭を出すとき、店員にバカにされたのは言うまでもない)
→のどが渇いていたのでコーラは"Large"を頼んだところ、これがメチャでかい! 植木に分けてやれるく
らいデカイのである.結局、飲みきれずに半分以上捨ててしまった.
→ホットドッグはいまいち(ソーセージがちょっと辛め).
●UA国内線に乗り換え、ワシントンに向けて再度、出発.
−今度は周りが外人ばかりだった(あたりまえ).
−出発後しばらくして、まだ上昇中であることに気が付かず機内のBaggage Caseを開けてしまう.
→当然、スチュワーデスに叱られる.
−4.5時間ほどでワシントン空港に到着.現地時間で18:30、辺りはもう真っ暗でおまけに小雨が降って
いて、かなり寒かった.
●空港からホテルまで結構遠く、シャトルバスで約30分かかった.とりあえずホテルに到着.
−格調高そうなホテルだったが、フロントはずいぶん無愛想だった.
→が、我慢して笑顔でチェックイン.日本人は大人だから、そんなことでは怒らないのである.
●一旦、部屋に荷物をおいてから食事をするために外へ.
−ホテルのドアマンはフロントとは違ってジェントルマンで、わざわざ親切にお勧めのレストランを
教えてくれた.
→そのレストランはホテルから近く、歩いてすぐの所にあった.それにしてもワシントンというのは
立派な街なのだが人が少ない.車も殆ど走っていない.Horiday Nightの兜町だからだろうか?
−レストランに入ると外の寂しい雰囲気とは違って大勢の人で賑わっていた.
→先輩と私はワイン、アスパラスープ、サラダ、それにステーキを注文した.スープはおいしかった
が、ステーキはステーキと言うよりハムに近く旨くはなかった.とにかく、ここでも一品々々量が
多い.サラダなんてほとんど牛のエサ状態である.かなり残して店を出た.
●ホテルに帰ってからは暇だった.テレビはあるが、聞き取れないのでつまらない.あんまり暇なので
日記を付けることにした.明日の予定を先輩と話し合って、いつの間にかSleep Down ・・・・ .
《第二日目》 12/1 (Sun.) 雨 ワシントンDC
●朝起きるとあいにくの雨、折り畳み傘を持ってきて良かった.が、先輩は雨は降らないと読んでいたそ
うで持ってきていないらしい.結局、相合い傘になってしまう.
●朝食は無しで早速出発.とりあえず、ホワイトハウスへ行ってクリントンに挨拶しようと思う(会える
分けないか).
−しかし、ホワイトハウスはなかなか見つからず、やっと見つけて写真を撮ろうとするが、カメラを水
たまりに落としてしまう(この時壊れたのか?).仕方なく先輩の縄文式カメラで撮る.
−この日も休日だったので人影はほとんどない.ホワイトハウスも開放していなかったので、近くから
写真を撮ることが出来なかった.ちょっと残念.
●ワシントン・モニュメントに登ることにした.えらく高い、煙突のようなタワーである.
−入ろうとすると門番みたいなのが「あそこでチケットを手に入れろ」と言う.そこまで行って「いく
ら?」と聞くと、「free!」と言ってきた.要するにタダなのだ.
→「だったら初めから入れてくれ!」と思ったが、言える訳がなかった.
−エレベータでてっぺんまで行く.500feet(160m)と言っていただけあって、上から見下ろすと結構高い.
ただ、天候が悪いのと窓が小さいためにあまりいい.景色ではなかった(タダで正解).
●モニュメントを出ると更に雨と風が強くなっていたので先輩は近くのお土産屋で傘を買うことにした.
−しかし、その店には傘はなく、代わりにレインコートがあった.但し、このレインコート、$3.80と安
いのはいいが、ほとんど東京都推奨の半透明ゴミ袋に穴を開けただけという、超チープな物だった.
→先輩はそれでもそのレインコート(ポンチョか?)を仕方なく着ていた.私はその惨めな姿をみて、
お腹が痛いくらい笑ってしまった.また、動くと音がうるさく、一緒に歩くのが恥ずかしかった.
●お昼近くになりお腹もすいたので、ホテルにあった雑誌で見たロブスター料理の店を探すことにした.
−ワシントン・モニュメントからはかなり遠く、反対側の国会議事堂を横目にさらに歩くがなかなか見
つからない.とにかく店自体が少ないのである.
−やっと見つけた.重そうな扉を開けると人の良さそうなおばさんが待っていたかの様に笑顔で迎えて
くれた.店内は以外と広く、薄暗い感じで雰囲気がいい.客も少し入っていた.
−席について似合わないシャンペンを口にしていると、先ほどのおばさん(たぶん店員)が来て「料理は
セルフサービスですよ」と説明してくれた.そういえば、アメリカではこういったセルフサービスの
店が多いとガイドブックに書いてあった(チップは必要なかったのかなあ?).
−席を立ち、教えてくれた方向に行くと、背の低い水槽があった.中を覗き込むと大きなハサミを紐で
縛られた真っ赤なロブスターがおよそ50匹くらいウヨウヨしていた.「おばさんはこれの事を言っ
ていたのか?」とキョロキョロしていると、おばさんが心配そうに来てくれて「あちらですよ」と更
に奥の部屋を指差した.そこには美味しそうな料理が並べられていたので内心ほっとした.
−料理の味はSo Delicious! 特にロブスターのクリーム煮が最高だった.おまけにジャズの生演奏が
聴けてこの値段($24)! チョーお勧めである.
●店を出てスミソニアン博物館(いっぱい有る)の航空・宇宙博物館に向かう.
−ワシントンはTAXIが少ないため、ほとんど歩きである.足が痛くなってきた.
−博物館に入るなり、いきなり目に飛び込んできたのは天井からぶら下げられた飛行機やロケットであ
った.中へ進むと、知る人ぞ知るスピットファイヤやメッサーシュミット、もちろん零戦もあった.
−宇宙関係の展示も面白く、"火星に生物は生存できるか"のコーナーや"知的生命体探索(SETI)"のコー
ナーはかなり真剣に見た.
●いい加減、足が痛くなったし一通り見たので二人でウダウダしていると、一人の女性に写真を頼まれる.
−彼女は日本人だった.色々話していると、なんと大阪人であることも判明した(発音で).
−ちょっとホッとしたので3人でしばらく雑談.聞くと、一人で旅しているという.しかも女性一で!
→三蔵法師より偉いと思った.それにひきかえ我々は男二人で相合い傘、情けない.
−以後、3人で見てまわることにした.
●続いて、同じくスミソニアン博物館の自然・歴史博物館へ.
−ここでの目玉は恐竜の化石と世界一と言われるダイヤモンドである.
−アンモナイトや三葉虫、変な魚類や巨大な恐竜にマンモス、さらには人間に至るまでおびただしい数
の化石が展示されていた.
→見ているうちに次第に骨を見るのがイヤになるほどだった.
−ダイヤモンドは大袈裟に展示されているわりに、はっきり言って大したこと無かった.色もグリーン
だし、それほど大きいとは思わなかった.
→海外の経験豊富な先輩曰く、"世界3大たいしたことない"のうちの一つだそうだ(後の二つは何?).
−お土産屋で地球のTシャツとアインシュタインのメモ帳を買う.
●外に出る.日も暮れてきたので帰ることに.その前に明日の夜、ボルチモアに発つのに利用するユニオ
ン駅に寄っておくことにした(TAXIにて).
−TAXIを降りて駅を見て驚いた.太い柱のギリシャ風建築で天井がメチャ高い!.絶景だった.
●駅内の中央にあるオープンのコーヒーショップ(2F)で休憩する.
−3人ともコーヒーとケーキを注文する.
→出てきた.コーヒーがこれまたデカイ! ミドリガメが飼えそうである.
→出てきたケーキがこれまたアマイ! 一口ごとにパンシロンがいりそうである.
→3人とも殆どケーキを残す.アメリカ人は糖尿病になりたいのか?!
−話題は彼女の話が中心だった.アメリカに来た理由を聞くと、ニューヨークでペットの理容師になる
ための勉強をするためだという.
→菅原道真より偉いと思った.それにひきかえ我々は会社休んで来ている、情けない.
−駅内のフロアに降りて、中世の鎧を着た陽気な人たちと写真を撮る.
→何がそれほどまで彼らを楽しませているのか?
●すっかり遅くなったので帰ろうと駅を出るが、TAXIの待ち合わせは長蛇の列.諦めて歩いて帰ることに.
−彼女の泊まっているホテルまで歩く.お互いに写真を送る約束をしてGood-bye.
−そこから我々はドアマンにTAXIを呼んでもらい、我々のホテルへ.
−結局、夕食は食べなかったので、夜、お腹がすいた.
→かといって、Room Serviceを頼む勇気もない(情けない).
●明日は晴天を祈る! Good Night.
《第三日目》 12/2 (Mon.) 晴れ ワシントンDC/ボルチモア
●昨日までとはうって変わっていい天気! 気分も爽快(寒いけど)!
−但し、昨日の夜はのどが渇いて05:00ごろ起きてしまったせいであまり寝ていない.
●ホテルをチェックアウトしてTAXIでワシントン海軍博物館を目指す.
●以外と早く到着したので、付近の店でバイキング形式の朝食をとる.
−料金は重量制だった.さすがアメリカ、合理的である.
→もっと軽くて美味しいもの(ベーコンとか)をいっぱい取れば良かったと後悔した.
→でも、きのうは夕食を食べていなかったので、すごく美味しかった.
−ところが、店の人に海軍博物館の位置を聞いてみるとここではないと言う.
→再度、TAXIにて目的地めざし出発.今度はOK.そこは海軍工場の敷地内のようだった.
●博物館に入る(因みにアメリカの博物館は殆どタダだそうだ).
−平日でしかも未だ朝早いのか、人がいない(館員だけ).貸し切り状態だったのでじっくり見れた.
−戦艦や空母、潜水艦の巨大な模型が多く展示されていた(よっぽど暇な人がいたのかと思う).
−潜水艦の潜望鏡(水面から覗くアレ)を死ぬまでに是非一度見たかったので、見れて嬉しかった.
(ちなみにこれは世界初の潜水艦・・・・実際に使用されたとは笑っちゃいます)
●博物館を後にし、お腹がすいたのでTAXIをつかまえ、ワシントンの繁華街の方へ向かうことにした.
−TAXIの運転手はたいへん陽気な老人だった.
→自分は朝鮮戦争のとき大阪にいたんだとか、その頃、よくポンポン菓子(Walking Riceと言っていた)
を食べたとか話してくれた.
→途中、Water Gate(ケネディー暗殺場所)やリンカーン・モニュメントなど案内してくれてサービス
満点の老人だった.しかも、親切にも目当ての韓国料理店の場所を探してくれた.
→お年寄りは大切にしようと思う.
●韓国料理店ではビール、焼き肉を注文する.先輩はビビンバを頼んでいた.
−韓国産のビールは飲みやすく、なかなかグーだった.
−店の人に、肉は大きなレタスにくるんで食べる、と教わった.また、満腹状態になる.
−レストランの支払はなるべくクレジットカードを使うようにしたが、この店のように中にはJCBが
使えないところもあった(もう一つのMaster CardならOK).
●店を出るといきなり通りすがりのTAXIに声をかけられる.
−速くて良く分からなかったが、とにかく「乗れ」と言っている様だ.怖いので「時間がない」と断る
が、それでもしつこく「案内してやる」などと言ってくるので無視して走って逃げた.何なんだ、一体!
●そろそろボルチモアに向かわなければならないのでユニオン駅まで近くの地下鉄で行くことにした.
−切符の自販機がやたら大きく、使い方がよく分からない.買うのに少々苦労した.
−駅内は広くて全然暗い感じはしなかった.電車も綺麗で乗り心地も良いと思った.
●ユニオン駅に到着.とりあえず、ボルチモア行きの切符(by アムトラック)を買うことに.
−切符売り場では指定席でもないのに20人ほどが1列に並んでいた.
→一人一人の時間がかかり過ぎだと思った.特におばさんの世間話(?)にはイライラした.
−値段は$18だった(切符が立派).ちょっと高いような気がする.
−出発までしばらく時間があるので、駅内で休憩.座ってレモネードを飲んでいた.
−出発の時間、電車に乗る.これでワシントンともお別れ、また来る日が来るのだろうか(クリントンに
はとうとう会えずじまいだった)・・・・.
●電車の中で、ずっと寝ていた.1時間くらいでボルチモアに到着、先輩に起こされる.
−TAXIでホテルに向かう.TAXIから見えるボルチモアは予想以上に大きな街だった.しかも、ヨーロッ
パ風の格調高い煉瓦作りの建物が多く見られ、歴史を感じさせる街だった.
−TAXI料金が距離の割にすげー安かった($3.80).なにせ、メーターが$0.00からスタートしていたのに
は目を疑った.それとも日本のTAXIが高すぎるのか?
→悪いのでチップを多めに払うと喜んでいた.
●ホテルに到着するが、チェックインで少々苦労.
−フロントが観光客慣れしていないらしく、今までより増して早口で聞き取れない.
−とにかくクレジットカードを出してサインをすると部屋の鍵(カード式)をくれた.
−疲れていたので部屋には行って着替えるなり、Sleep Down.熟睡してしまった.
→ところが突然(10:00頃)、電話で起こされる.電話の主は例の早口フロントのおねーさんだ.ボーと
していて何を言っているのか分からない(もともと分からんが).
→とにかく、"クレジットカード"と"$10"という単語は聞こえたので、それを持ってフロントへ.
→早口おねーさんは我々にクレジットカードのコピーを見せてなにやら説明している.相変わらず、
さっぱり分からない.おまけに宿泊代は先に払ってあるにも関わらず、さらに$10払えと言う.
→とにかく言われる通りにしたが、部屋に帰ってくるなり二人して「クリントンを呼べ!」とか言っ
て怒っていた.
→やはり、英会話(特にヒアリング)が力不足なようだ.しかし今さら勉強しても間に合わない.
−部屋に戻る.二人とも腹減り極限状態だった.
→先輩はしきりに和食(寿司とか)を食べたがっていた.私はラーメンが食べたい.
●明日はいよいよ、アバディーンだ!
《第四日目》 12/3 (Tue.) 晴れ ボルチモア(アバディーン)
●朝起きると、今日もいい天気だった.とても寝覚めがいい.
−先輩は寝不足なのか、やや不機嫌だった.
●長めのストラップが付いたお出かけ用バッグを持ってホテルを出る.フロント(早口ねーさんではない)
にTAXIを呼んでくれるよう、頼む.3分ぐらいでTAXIが来る.
−ここからが勝負だ.なにせ50km離れたアバディーンまで行ってもらうわけだから、説明が大変である.
−向かうはオーディナンス・ミュージアム.いわゆる軍事博物館である.ここには第二次世界大戦中に
捕獲された戦車などを中心に多数の兵器が屋外展示されている.
−とりあえず地図を見せて場所の説明をする.運転手は初め困ったような顔をしたが、何とか行ってく
れることになった.但し、「付近まで到着したら、それがどこにあるのか探し回ることになるが、い
いですか?」、と聞かれたが、それは百も承知である.「Sure(もちろん)!」と答える.
−ボルチモアの街を出ると道は直線ですいていた.TAXIの運ちゃんは急いでいるのか、かなりとばして
くれた(100kmくらいで).外は平凡な景色ばかりで、少々退屈した.
−TAXI料金がちょっと心配だったが、遠乗り料金は予め表で決められていて、$45だった.それと付近の
探索代(+チップ)$20で合計$65支払った.
●何とか目的地に到着する.だだっ広いところにポツポツとなにやら施設が建っているような所だ.
−現在も現役の軍事施設らしく、TAXIの運ちゃんも道を兵隊さん(コーラ飲んでた)に聞いていた.
−途中、スチュワート軽戦車等20台くらいが道の真ん中に一列に並べられていた.
−博物館の建物自体は小さく、一通り展示物を見てから外に出てみる.
→一面ただ広いだけの芝生の上に各国の大戦中の戦車50台ほどが整然と並べられており、出撃前の
集合のようだった(見た事ある訳ないが).
→私は(多分先輩も)わくわくする気持ちを抑えきれず、並べてある中をざっと見て回る.が、先輩が
とりあえず飯にしようと言う.そういえば昨日は夕食も食べておらず、戦車に気を取られて腹ぺこ
状態であることすっかり忘れていた.
●レストランを探すが軍事用の病院や教会、幼稚園などがポツンポツンとあるだけで、なかなか見つから
ない.博物館に戻り、お土産屋のおばさんに聞くと近くにあるという.
−自分のお土産に戦車の本を買って、さっそく教えてくれた方向めざし外へ出た.
−しばらく歩くとバーガー屋があった(オアシスに見えた).店内には結構人がたくさんいてしばらく並
んで待つ.私はそこでフィッシュバーガーセット(バリューと書いてあった)を買い、テーブルに座っ
た.先輩はそれと別にサラダを買っていたが、これがまた超ビッグで牛のように食べていた.
→とにかく腹が減って死にそうだったので、涙が出るほど旨かった(殆ど乞食).
●バーガー屋を出て博物館に戻る途中、雑貨スーパーによってカメラ用の電池を探す.
−私のカメラはホワイトハウスの前で水たまりに落として以来、使用不能になっていた.故障の原因が
電池切れだといいのだが・・・・.
−電池が見つかる.私のカメラの電池は少々特別仕様で、ワシントンでは見つからなかった物だ.早速
レジに持っていく.が、店員は私にIDカードを見せろと行ってきた.そんな物持っているはずがない.
要するにここは兵隊さんのための生協みたいな所だったようだ.
→諦めて店を出る.私のカメラは使えないままだ.
●博物館の屋外展示場に戻る.先輩の"使えるカメラ"で戦車をバックに写真を撮りまくった.
−但し、先輩のカメラはセルフにすると時々フェイントするのでイライラした(先輩は自然な写真が撮
れる新機能だと言っていたが、壊れているだけである).
−かなりの枚数の写真も撮ったし、日も暮れてきたので帰る事にした.TAXIを呼んでもらってアバディ
ーン駅まで行く(10分くらい).帰りはTAXIではなく、ボルチモアまで電車(アムトラック)で戻ることにした.
●駅について時刻表を見ると、次に電車が止まるのは1時間半後だったのでその辺をぶらつくことにした.
辺りは保険屋くらいしかなかった(?)が中華料理店が1件見つかったので入る.
−店内は初め誰もいなかった.テーブルに勝手に座ると店員(おばさん)が出てきて丁寧に挨拶してきた.
→中国人らしかったが、我々が日本人であることを当てた(何故分かるんだ? 服装か?).
→よほど日本人が珍しいのか色々聞いてきたので適当に答えていた(笑顔で).気さくなおばさんだ.
−チキンチャーハンとクリーム・シーフード・スープを頼む.出てきてびっくり、例によってまた量がす
ごい.メニューをよく見ると2人前だったようだ.スープは美味しくてほとんど飲んだが、チャーハ
ンはほとんど残した(おばさん、ごめんなさい).チップを少し多めに置いていく.
●店を出て再び駅に戻る.しかし、予定の時間を過ぎてもなかなか電車はこない.
−他の客が駅員に事情を聞いていたがよく分からない.とにかく電車が1本来ないようで、更に1時間
ほど待つことになってしまった.
→待合室で先輩は座ってこっくり寝ていたが、私は目が冴えていて眠くない.暇でしょうがなかった
ので置いて合った雑誌を読みあさった(読めないが).
−やっと電車が来て、文句を言う力もなく乗り込む.
→切符は行き先を告げて車内の乗務員のおじさんから買う($12).車内はニューヨークからワシントン
へ向かう人達だろうか、ほとんど埋まっていて空席を探すのに苦労した.
●ボルチモアの駅に到着.疲れていたので駅のベンチでちょっと休憩.
−先輩は売店でアイスクリーム(ソフトクリームと言っても通じなかったらしい)を買っていた.
−天井を見上げるとすごく高くなっていて、一面ステンドグラスになっていた.そういえば駅の造りも
格調高い石造りで、日本の駅とは比べ物にならないほど綺麗だった.
●TAXIでホテルに戻る.早口おねーさんのいるあのホテルだ.
−部屋に戻るなり私はバタンキューだった.先輩はシャワーを浴びていた.
−目が覚めると部屋のデジタル時計は22:00になっていた.私もシャワーを浴びて再びベッドへ戻る.
→温泉に入りたい.異国の風呂はどうも勝手がわからん! (武士か、おれは・・・・)
●私が日記をつけていると先輩がどうやら眠れないらしく、ムクッと起きて私に話しかけてきた.
−さっきボルチモア駅の売店で買ったらしい"Penthouse"という雑誌を見せてもらった.日本じゃ考えら
れないような写真がたくさん載っていてちょっとびっくり.
→でも、以外に活字の頁も多くて、先輩曰く"Penthouseは文学的にも評価が高い"のだそうだ.
→あいつのお土産は"コレ"にしようと思う.
●明日はボルチモアを少しまわって、いよいよニューヨークだ.
《第五日目》 12/4 (Wed.) 晴れ ボルチモア/ニューヨーク
●アメリカに来てからというもの、非常に目覚めがよい.いつも吐きそうな気持ちで起きる私としては考
えられないことだ.本当に朝が清々しい.
●今日は基本的に移動日だが、ボルチモアの名産らしい"カニ"を食べてからこの町を離れることにした.
−チェックアウトの前に航空機のリコンファーム(予約の再確認)をするために電話をすることにした.
→しかし、一向に電話がつながらない.約20分後やっとつながったかと思うと、UAではリコンファ
ームは必要ないとのことだった.初めからそう言って欲しいものだ.
●10:00頃、チェックアウトするためにフロントまで降りる.
−先ほどリコンファームした時の長距離&長電話料金が心配だったが、チェックインの時に払った$10か
ら差し引いて$6戻ってきた.
→どうやらあの$10は保証金だったようだ.
●ホテルを出た我々は海の方向を目指して歩き出した(荷物が重い).
−今日は天気はいいが風が強かった.コートを持ってきて良かったと思う.
−かなり歩いたが海がなかなか見えてこない.付近に立っていた黒人に聞いてみると全然違う方向だっ
た.やはり勘はあてにならない.地図もあてにならない.
→言われた方向にしばらく歩くが、それでも海は見えてこない.それどころか磯の香りもしてこない.
おまけに人はいないし車も少ない.大きな街なのに異様な雰囲気だ.
−しばらく歩いていると先輩が突然「わかった!」と言う.どうやら今いる場所がわかったようだ.
→逆に言えば今まで何処にいるか分からなかったことになる.
−ようやく海が見えてくる.大きな船が停泊する港である.諦めかけていた景色だけあって綺麗だった.
この辺りは人も車も多く安心したのだが、それ以上にカモメが多かった.
−付近にはシーサイドレストランだろうか、グリーンに塗られた建物があり、我々はそこで休憩するこ
とにした.
●中にはいるとそこはショッピングモールになっていて、お土産や服、ファーストフードなどの店が並ん
でいた.シーフードレストランぽい店を見つけたので入ろうとすると、未だ準備中だという.しかたな
く、外で時間をつぶすことにした.
−外は相変わらず風が強かったが、日差しが高くなってきたのでそれほど寒くはなかった.
−海辺のベンチに座る.先輩が先ほど中で買っていたパンをカモメに与えていた.
→カモメは可愛いのだが、エサを投げると「ギャー」と叫びまくり、うるさくてしょうがなかった.
→特にボスらしい奴がいて、比奴だけにはエサをやりたくなかったのだがさすがに強く、他のカモメ
をタックルで海に突き落としていた.こういう人間にはなりたくないと思う(鳥だけど).
●ちょうどお昼になったので先ほどは入れなかったレストランに入る.
−バイキング形式にして、好きなものをいただくことにした.いろんなものがあったが、どれも美味し
かった.特に気に入ったのはカニの肉が入ったチーズ風味のクラムチャウダーで、2回もおかわりし
てしまった.アメリカという国は食べ物が美味しいようだ(と思うのは私だけか?).
−チキンがまた巨大で、青物横丁のケンタッキーとは訳が違う.一つでお腹一杯になった.充電完了っ
て感じだ.
→最近コレ(空腹極限状態⇔満腹悶絶状態)の繰り返しが多い.健康に悪いと思った.
●店を出て、ボルチモア駅に行くためにTAXIをつかまえる.
−乗り込んで「ボルチモア・ステーション・アムトラック、プリーズ」と行き先を告げる.ボルチモア駅
は"アムトラック"の他にもう一つあるのだ.しかし、良く伝わっていないようで「紙に書いてくれ」
と言われ、"Amtrak"と書くと、急にひらめいたような顔をして「オーゥ!、エムトラック!」と発音
を修正しやがった.
→「ボルチモア・ステーション」で分かりそうなもんだろ! クリントン呼べ! と言いたかったが、
言えるわけがなかった.
→降り際、例によってチップを多めに払うと喜んでいた.単純な奴め.
●ボルチモアの駅は外から見ても絶景だったので駅をバックに写真を撮る.ボルチモアともお別れだ.
−ニューヨーク行きの切符を買う.$63もした.
→スゲー高いが新幹線だと思うとそんなもんか? 実際、かなり速いスピードで走る.
−電車から見える景色は殺風景だった(葉の落ちた針葉樹ばかり見える).時々見える海は綺麗だった.
−途中のフィラデルフィアは思っていたほど大きな街ではなくのっぽなビルも2、3本しかなかった.
●しばらく寝ていたようで、先輩に起こされるとそこはニューヨーク、ペンシルバニア駅だった.
−時計を見ると針は17:00を指していた.およそ3時間ほどかかったようだ.
−ホテルに向かうためにTAXI待ちに並んだが、長い行列になっていてなかなか進まない.おまけに滅茶
苦茶寒い(でも、日光よりまし).
→20分くらい待ってやっと乗れた.「クラウンプラザ ホテル」と告げるとすぐに分かってくれた.
さすが都会のTAXIである.どこかの田舎TAXIとは違う.
●TAXIの窓から初めて見るニューヨークは圧巻だった.人が多い、車が多い、ビルが高い、ネオンが明る
い、騒々しい音・・・・何もかもが他の街とは違う! ここにはワクワクする何かがありそうだ.
−道は結構渋滞していたが、TAXIの運ちゃんもなかなか強気な運転をしてくれて大変頼もしく感じた.
−未だ道は全く分からないが、とにかくホテルに着いたのでホッとした.
−到着するやいなや、ベルボーイがTAXIのドアを開けてくれて、「荷物を・・・・」というので渡す.
車を降り、荷物を返してもらおうとするがベルボーイは返してくれない.それどころかホテルにどん
どん入ってしまった.心配なのでロビーのにぎやかな人だかりを抜け、追いかけていくと、フロント
の前まで荷物を運んでくれていた.頼んでいないが仕方なくチップ$1を払うとお礼を言っていた.
→ほとんど押し売りだ.
●チェックインを済ませ、19階の部屋に入る.綺麗な部屋だ.窓からは高いビル、見下ろせば車の渋滞や
歩く人並みが見えた.相変わらずにぎやかな街だ.パトカーのサイレンが鳴りやまない.そう言えば、
ここはブロードウェイ沿いのホテルで、窓から"CATS"の看板が見えた.
−ジュースを飲んでベッドに横になっていると、疲れていたのかそのまま寝てしまっていたようだ.
●明日は思いっきりニューヨークを満喫するぞ!
《第六日目》 12/5 (Thu.) 晴れ ニューヨーク
●昨日の夜は疲れてすぐに寝てしまったので今日は徹底的にニューヨークの街をまわろうと思う.
●いつものように朝食を取らずにホテルを出発.まず、前から予定していたヘリコプターに乗るためにホ
テルから歩いて5分くらいのNY観光案内所(セントラルパーク下)に向かう.
−途中、電気屋があったのでカメラの電池を買うために中に入る.すると店員が寄ってきて「May I?」
なんて言うので古くなった電池を見せて「これ下さい」と言うと、何かひらめいたような素振りを見
せて「これのことですか?」と電池を持ってきた.確かに形も電圧も同じだったのだが値段を聞いて
びっくりした.$63もするのである.理由を聞くと「10年持つからだ」と言う.確かにパッケージの裏
にはそう書いてあったが高すぎるので「いらない」と言うと、「$50でOK」と言ってきた.「でも、
もっと寿命の短いやつでいい」と言うとしばらく探してくれたが店には無いらしく更に「$40でOK」
と言う.多少心が揺らいだが、それでもちょっと高いので「ちょっと高すぎます」と断ると店長みた
いなのが出てきて「$30でOK」と言ってきた.だったら最初の値段は何だったんだ!?と思いつつ、
半分だまされた気分で買うことにした.
→"10years"を信じることにした."made in Japan"と書いてあったし・・・・.
→こういう店では値切らないと大損するということか・・・・.
→とにかく、これでワシントン初日以来ずっと使用不能だった私のカメラが使えることとなった.
●観光案内所に入って、ヘリコプター関係のパンフを探す.2種類見つけたが、そのうち、ヘリポートの
場所がの国際連合本部に近い方をを選んだ.
−TAXIをつかまえる.ニューヨークのTAXIの運ちゃんは中近東の人間が多いのか、ほとんど髭を生やし
ていてフセインみたいな顔をしているのでちょっと怖かった.
−朝10:00前だったが、NYの道路は既に渋滞しており、のろのろだった.15分くらいで目的地に着く.
●ヘリポートのそばに事務所があり、そこで切符を買う.フライト料金は一人$79もした.結構高いが、
「まあ、そんなもんか」と思いつつ払う.
−30分ほど待たされて、いよいよ順番がまわってきた.7、8名乗りのヘリコプターで、我々は右側の
1列の席に座った・・・・のが良くなかった.ヘリが飛び立ってからというもの、右側はあまり面白
くない景色ばかりで(マンハッタン島を反時計回りに飛ぶので)ろくに写真も撮れなかった.
→しかし、降りる寸前、1分間ほどUターンしてくれたお陰で(お情けか?)窓の外に待望のビル群が
広がった.もう、私は新聞記者のようにシャッターを押しまくった(大した写真じゃなかったが).
●ヘリから降りてから、文句言う暇もなく、自由の女神を臨む"バッテリーパーク"を目指すことにした.
とにかく日本に帰ってから「あ、見忘れた!」と言うことの無いように、有名なポイントを早いうちに
まわっておくことにしたのだ.
−バッテリーパークのフェリー発着場の前には既にすごい人数の観光客が並んでおり、それを客にして
黒人パフォーマーが踊っていた.踊った後、「マネ、マネ、マネ、・・・・」という分かり易い歌詞
の歌を歌ってお金をもらっていた.
−チケットを買って列に並ぼうとするが、お腹がすいたので屋台でホットドッグ($1.5)を買う.
→「結構いけるな」と思いつつほうばっていると、横で先輩が鳥の襲撃にあっていた.ボルチモアで
見た例のカモメが先輩のホットドッグを奪っていったところだった.先輩は一口も食べずに無惨に
落ちたホットドッグの残りを見て悔しがっていた(但し、今度はクリントンは悪くない).
→しょうがないので先輩に半分分けてやる羽目になってしまった.先輩は「昼飯はチキンを食ってや
る!」と叫んでいた(気持ちはよく分かる).
●フェリーは以外に大きく、数百人は乗っていたと思う.やっと出航だ!
−我々は上部甲板で景色を見ることにしたのだが、結構風が強く、非常に寒い.なのにカモメは平気な
顔でユウユウだった.まあ、いいけど.
−船が自由の女神のあるリバティー島に近づくにつれて小さくなっていくマンハッタンをバックに写真
を撮った.15分くらいでリバティー島に着く.
−到着時、自由の女神は背中を向けていた.失礼なやつだと思ったが、そう言えばこの女神は贈り主(フ
ランス)の方向を向いているという話だ.アメリカ人もなかなか律儀である.
−まず、女神の中に入ることにしたが、入り口でX線による荷物と上着のチェックがあった.これは当
然パスするが、先のエレベータが調子悪いというアナウンス.しょうがないので階段で上がる.とこ
ろが、途中で急に階段が狭くなり、大渋滞で全く進まなくなった.こんな調子じゃ自由の女神も寝る
時間になってしまうのでCrown(冠)のテラスまで上るのは諦め、途中の台座から外を見ることにした.
−台座の外に出ると女神の鼻の穴が見えそうなアングルだった(見えないが).女神さんは以外に大きく、
奈良の大仏もかなわないと思った.
−再び下の公園に降り、正面から見ることにした.女神さんよ、達者でな!
●フェリーでバッテリーパークに戻り、休む暇なくワールド・トレード・センター(WTC)に向かう.例の
爆破事件のあった場所だ.
−途中、ウォール街を通る.世界の経済を動かしていると言われるNY証券取引所の前にはたくさんの
人が列をなして並んでいた.観光で入れるのか? それとも株取引の人か? いずれにしても我々に
は関係のないところだ.しかし、この辺りまで来てやっとニューヨークにいることを実感し始める.
やはり高層ビル街を歩くのは気持ちがいい.
−WTCにある"ツイン・タワー"はロワーマンハッタンの西側に位置し、バッテリーパークやウォール
街からも近い.ここは言わずと知れた世界一(二位?)高いビルディングである.
→このてっぺんに上がらずしてNYは語れない・・・・などと偉そうなことを考えつつ、中へ入る.
−このビルの中は警備員が多くいてチェックが厳しい.通常のエレベーターはIDカードがないと入れな
いようだ.警備員のお兄さん(忙しそうだった)に聞くと「観光用のエレベーターがある」というので
行ってみると、またしても"乗る前の持ち物チェック"だ.
→まるで中学生の風紀検査だった.どこの検査員も、チェック前の態度はでかいが、検査OKだと急
にニコニコする.気持ち悪いのでやめた方がいいと思った.
−エレベーターで一気に107Fへ.途中、気圧の低下で耳がおかしくなる.扉が開くと同時に大量の空気
がエレベーターの外へ流れ出す.
−早速、展望室へ行くとそこには想像以上の景観があった(大げさではない).めちゃくちゃ高いのであ
る.エスカレーター更に屋上へ.ちょっと寒かったが、NYのビル全てを見下ろしているのは感動的
だった.因みに、これだけ高くなると恐怖というものは全くなくなるようで(ほんと)、片足でビルの
端に立っても平気だった(うそ).
−先ほど乗ったヘリコプターが無意味であることが分かった.こっちの方が断然高い(値段は安い$8)!
−とりあえず、マンハッタンの"観光"はこれで終わることにし、また、地上に戻る.
●WTCの目の前に"センチュリー21"という安易な名前のディスカウント・ショップらしい店があった
ので入ってみた.
−この店はブランド/非ブランド品の服や化粧品等々を扱っている店らしいが、二人ともあまり良いも
のを見つけられなかったので何も買わずに店を出た.確かに値段は安かったが、元値が高過ぎるから
だと思った(made in Chinaのくせに).
●ふと時計を見るとPM 2:30である."朝食"の時間だ.TAXIをつかまえてガイドブックに載っていたステー
キハウス"Gallagher's"を目指す.
−しかし、良く読んでみると「予約が必要」とあった.しかも、「ネクタイ要」だった.私は珍しくネ
クタイをしていたが、先輩は持ってきていなかったので仕方なく諦めることにした.しかし、諦めた
のは車の中だったので行き先は変更せず、50stのブロードウェイ(Bway)まで来てしまった.TAXIを降
りてBway沿いに北へ歩くとラッキーなことにすぐに別のステーキハウスが見つかった.
→とにかく二人とも"アメリカン・ステーキ"が食べたくてしょうがなかった.
●その店はわりとカジュアルな雰囲気の店で、楽な感じでいられるのが大変気に入った.さて、問題はメ
ニューである.二人ともビール、オニオンスープ、ベイクドポテト、それにサーロインステーキを注文
した.
−味はお腹がすいていたせいもあるが「Good」だった.但し、また例によって量が多い.ベイクドポテ
トをかなり残してしまった.
→胃が小さくなってしまったのか、すぐに満腹状態になってしまう.
●店を出て、"ナイキ・タウン"に行くことにした.そこは、つい最近の10月にオープンしたばかりの店で、
私が是非、行きたかったところの一つである.
−ナイキ・タウンに行くまでにBwayから56stに入って有名な5番街(5th Ave)へ出る.更に56stを東へ歩
き、Madison Ave.を北へ進む.57stのIBMビルを西へ曲がると"Nike"の文字が目立つ近代的なデザ
インの建物が見えてくる.
−中に入ると建物の中央が吹き抜けになっていて、4F建てになっていることが分かった.各フロアは
種目別になっていて、私はランニング・シューズが見たかったので一通り見た後、3Fに戻った.
−店員は何故か黒人が多く、すごく親切だった.しかも店のシステムが先進的で、シューズのサイズが
あるかどうか聞くと、各コーナーに設置されたコンピュータで検索して、在庫にあれば商品用エレベ
ーターで上へ上げる仕組みになっていた(店員はそれを見せたくてしょうがないようだった).
−店員さんとやり取りしているうちに、だんだん仲良くなり一緒に写真に写ってもらうことになった.
さらに、よせばいいのに、仲間の店員も呼び寄せて「おまえも一緒に入れ」と言っているようだった.
私はちょっとおっかなかったので、ひきつった笑顔で二人の黒人に捕まえられたように写真に写った.
→まあ、いい記念になったと思う.あいつら、日本に来たら朝の京浜東北を案内してやろうと思う.
−お土産に自分と日本にいる(当たり前か)弟に1足ずつ"Air"を買った.日本の半額ぐらいだった.
●ナイキ・タウンを出ると時計はPM 6:00で、外はもう真っ暗だった.しかし、それに反比例するように街
のネオンや電飾、イルミネーションが明るく輝き出す.NY/第二部の始まりである.
−光とコンクリートの芸術をバックに写真を撮りながら歩いていると、少々疲れてきたので途中の店で
ジュースを買って休む.
−6th Ave.を少し南に歩いて55stを西へ、さらにBwayを横切る.先輩(私も)の目指すところはいわゆる
"いかがわしい"ところである.若干、人気の無い通り沿いに"Adult Shop"なる店があった.そこは日
本では考えられないほど明々としていて、すごく明るい雰囲気だった(ので入った).
−店内には外国人女性の[ピー]な写真の(ものすごく[ピー]な写真の)パッケージに入ったビデオが
無数に並べてあった.奥の方には"[ピュー]もの"とか"[ゴーッ]"的なものがあって「さすがアメ
リカは自由な国だ」と変に感心してしまった.
−先輩はビデオ、私は本を($10もした)を友人のおみやげに買って店を出た.
−しばらく8th Ave.を南へ行くと先輩がまた同じ様な店を見つけた.入ってみると、やはり同じ様な店
だった.違うのは[ガオー]が売っていたり、[パオーン]があったり、より一層[チュドーン]な
ところくらいだろうか(ほとんど書けない).
●これ以上見ていると夢に出てきそうだったので、歩く方向をまたBwayに戻すことにした.
−気分を変えて(ビデオ等は持ったまま)ミュージカルを見ることにした.
−先輩の希望でガーシュイン劇場で見ることにした.
→私はミュージカルどころかコンサートにも行ったことがないので実はあまり興味がなかった.
−やっていたのは"SHOW BOAT"という劇で、末席でも$40もした.
→先輩曰く、これでも「安い」のだそうだ.
→始まるまでの時間、待合いロビーで周りを見てみると、どちらかというとミドル〜アッパーエイジ
の観客が多いように思えた.
→劇場内はかなり大きかったが、客席の勾配がきつくなっていたので後ろからでも十分見えた.
−オーケストラの演奏が始まり、舞台の幕が開くと大勢の役者と大掛かりなセットが見えてきた.始ま
ってまず驚かされたのは役者の声が大きいこと.後ろの席でも十分迫力があった.また、舞台のセッ
トが良くできていて、場面の切り替わりもスムーズで全然それと感じさせないくらい手際が良かった.
−光の使い方が実に上手く、歌と踊りも要所々々でビッシッと決めてくれて、感動的と言うより衝撃的
だった.まさに、"音と光と人間で創り出す芸術"だと感じた.
−劇のストーリーは例によってヒアリングがあまり芳しくないので大意しかつかめなかったが、要は、
海を渡る劇団の娘が放浪の男と恋に落ち、二人で劇をやろうとするが上手く行かず、にもかかわらず
結婚してハッピーエンドという話だ(ほんまかいな).
−とにかく、ミュージカルというのは以外に分かり易く且つ面白く、感動的であるという事は分かった.
●劇場を出た私の足はクタクタだった.今日は本当に長い一日だった.朝、カメラの乾電池を買ったのが
昨日のように感じる.明日はNY最後の日、美術館を中心にまわろうと思う.
《第七日目》 12/6 (Fri.) 雨のち晴れ ニューヨーク/JFK
●今日は朝から雨が降っていた.ホテルの窓からは騒々しくも寒そうな景色が見える.
−ちょっと、おっくうだったがチェックアウトもしなきゃいけないし、とりあえず荷物を持って出るこ
とにした.
−先輩は未だ傘を持っていなかったのでどこかの店で買わなければならない.
→ワシントンで買った例の"超高級ゴミ袋製レインコート"を勧めたが、「さすがにNYであれは着れ
ない」と言っていた.私もそう思う.
●チェックアウトして料金のレシートを見てびっくりした.1泊$320もするホテルだったのである.そう
言えばフィットネスやプール、サウナなどがタダで使えるようなことが書いてあったし、2Fの食堂で
は何か盛大なパーティーをやっていたような気がする.もっと、利用しておけば良かった、と出る間際
になって後悔する二人.
−大きな荷物は持って歩けないので、今日一日、ホテルに預かってもらうことにした.ベルボーイに荷
物を渡しホテルを出ようとすると、そのボーイがしきりに私に訴えるように話しかけてくる.そう言
えばチップを払っていないことに気が付いた.あわてて$3渡すと例によって急にニコニコして気持ち
悪かった.
●TAXIをつかまえて、まず、昨日見つけておいた"大吉寿司"を目指す.そろそろ食べたくなってきたのだ.
−その店は昨日上ったWTCの近くにある.店内はあまり広くはなく、客も少なかった.おまけに店員
は日本人ではなく(韓国人?)、寿司はパックに詰められたものを売っているだけだったのでがっかり
した.店内には一昔前のJapanese Musicがむなしく流れていた.
−先輩と私はそこで寿司詰めパックとそば(うどん)を食べた.寿司は案の定、寿司ではなかった.うど
んはまあまあか? お茶はタダではなく、55centもした.関西人は味に厳しいのである.
−大きな窓から外を見ると先ほど降っていた雨が雪に変わっていた.おまけに風がきつく、通りを歩く
人の持つ傘が逆さ状態になり、必死に風に耐えているのが内心ちょっと面白かった.
●店の外に出ると死ぬほど寒かった(でも日光の方が寒い).強風に耐えながら、Bwayを北上する.次に目
指すは昨日先輩がTAXIの中から見つけたらしいArmy関係の店だ.
−ソーホーとチャイナタウンに挟まれたCannal stを左に曲がり、さらに歩くと右側にその店はあった.
−店の前には大きなミサイル(模型だろうな?)や迫撃砲をはじめ、かなり危険なものが置いてあった.
−入り口は狭かったが、店の中は奥行きがあって以外と広かった.軍人の払い下げらしい、その手の服
がずらりと並べられていた.先輩はあまり良いのが見つからなかったらしく、何も買わずに出ること
にした.
●外に出るといつの間にか空に晴れ間が出ていて、多少寒かったが歩いていくことにした.向かうはミッ
ドタウン・ノースにある近代美術館である.
−WEST Bwayのさらに1本西側の道を北へ歩く.この辺り(グリニッジ・ヴィレッジ)は人も少なく、かな
り寂しい.住宅街らしく、煉瓦作りの洒落たマンションが建ち並んでいた.これらの建物はOld New-
Yorkの雰囲気を出していた.
−ワシントン・スクエアを抜けてさらに北へ歩くと次第にエンパイヤ・ステイト・ビルが見えてきた.や
はり、他のビルより一際高い.威厳があるとでも言うのだろうか.他のビルが頼っているようだった.
−5th Ave.をしばらく北上し、Bwayに入る.さらに、北上し7th Ave.にぶつかるとタイムズ・スクエア
に出てきたようだ.そこは東京にたとえるなら渋谷の109前といったところか・・・・.
−7th Ave.をそのまま北に歩き、47stで東へ曲がり5th Ave.へ.有名な5番街を歩いていくことにした.
→まだ昼過ぎだというのにすごい人混みと明るいイルミネーションが印象的だった.
−先輩は先程から、やたら"ケチャップ・マン"を気にしている.ケチャップ・マンというのはボトル・
マンと同様、通行人(観光客が狙われる)に故意にぶつかり、服が汚れたとか因縁をつけて金をせびる
アレのことである(ケチャップを通行人にかけるわけではない).
→しかし、私はこんな派手な街の中にいるはずがないとタカをくくって歩いていた(ちょっと遭いた
い気もしたが・・・・).
−53stを西に折れ、やっと近代美術館に到着.WTCの辺りからかれこれ5km位は歩いただろうか.足
が少々疲れた.しかし、ここのところ歩き回っていたせいか、歩くのにもだいぶ慣れたようで、まだ
美術館内を歩く余力があったので休まずに見ることにした.
●中へ入ると広々としたスペースに案内のコーナーがあり、例によって持ち物検査コーナーもあった.
−館内に入ってから展示物を見る間は先輩と私は別行動を取ることとした.
→別に喧嘩したわけではなく、一人で行動した方が相手に気をとらわれずじっくり見れるからだ、と
いう先輩の案に私も賛成したからだ.
→因みに女の子と行く場合は、まず、そんなことはしないと思う.
−展示品は絵画が中心で、ゴッホやピカソ、シャガールなど見たことのある有名な絵から、ミロやマチ
スなど訳の分からない絵まで様々であった.私は中でもダリやマグリットなどの写実的な絵が好きで、
食い入るように見ていた.
−また、あまり興味の無かったピカソ等の絵の中にも「あ、これいいな」と思えるものが幾つかあり、
それらに共通して言えることは絵に"統一性(上から下まで線や色使い、筆のタッチに至るまで同じ調
子で描かれている)"があり、且つ、その絵から作者があらかじめ「こういったものを描こう」という
意志がうかがえるものであることが分かった.
→恐れながら、100万分の1ほど絵が分かったような気がした.
→とにかく、芸術というものは見る人が「いい」と思えば"いい"のである.
−1Fから4Fまで全て見るとさすがに疲れた.先輩とは待ち合わせの時間前にバッタリと会ったので、
お互い「疲れた」と言いながら館内の軽食店で休むことにした.
−フレンチ・フライ(ポテトは通じない)とジュースを買って、しばらく絵の感想などを話しながら休憩.
●美術館を後にして特にコレといった予定のない二人はガイドブックに載っていた"トランプ・タワー"に
行くことにした.
−そこは別にトランプを売っているわけではなく(ごめんなさい)、Mr.トランプという大富豪が建てたの
でそう呼んでいるらしい(by 先輩).
−56st、5th Ave.に面する巨大なそのビルは観光のスポットにもなっているようだ.店内はショッピン
グ・モールになっていてレストランなんかもある.中にはいると何よりビックリするのが、見るもの
"全てがGOLD"だということ.ここまでくると趣味が悪いのを通り越して一種の芸術だと思った.
−ロビーの奥には赤い大理石の巨大な壁の上から滝が流れており、吹き抜けになっている中心部は店か
らエスカレーターまで全て"金"である.エスカレータで4Fまで上がり下を見下ろしてみると、やっ
ぱり金だった.所々に何千万円もしそうなダイヤだらけの時計などが飾られていて、これらをバック
に、私には到底似合わないであろう写真を何枚か撮ってもらった.
→先輩はナチュラルな写真がお好みらしく、エスカレーターを何気なく降りていくところを上から写
してあげたが、やっぱり似合ってなかった.
●トランプ・タワーを出て57stを西へ歩く.この界隈にはブランドの店が多く、我々が入ろうものなら首
根っこ掴まれて放り出されること必至である.ちょうどクリスマス前で、かわいらしい装飾で店を飾っ
ていた.ポインセチアの赤があちらこちらの店で見られた.
−しかし、二人ともあまり興味がないのでさっさと通り抜け、セントラル・パーク下のマクドナルドへ
足を運ぶ.空腹なのを忘れていた.
−ここのマクドナルドの2Fは壁が青いネオンで照明されていて、幻想的ですごく綺麗だった.
−私はハンバーガーの他に、また"フレンチ・フライ(ポテトは通じない)"を買ってしまった.好きだか
らしょうがないのである.
●マクドナルドを出て6th Ave.、7th Ave.、Bwayを南下しホテルを目指す.あとは荷物をもらってTAXIで
最後に泊まるJFK空港に行くだけである.
−ホテルのベルボーイに荷物を返してくれるように頼む.荷物を受け取りながらチップ($3)を渡す.こ
れも慣れてくるとなかなか気分が良いものだ.
−ホテルを出てTAXIをつかまえようとするが、なかなかつかまらない.やはり、金曜日だけあってほと
んどのTAXIの天井のランプは消えている.
−やっとつかまえて乗り込む.しかし、行き先(JFK空港)を告げると「そこへはいけない.悪いが他
を当たってくれ」と言われた.「なんて失礼なやつだ! 乗車拒否か!」と思ったが、降りるときに
「サンキュー」とか言ってしまった.
→うおー、しまったあー! 俺の「サンキュー」を返せー!
−また、振り出しに戻る.そうこうしているうちに、さすが一流ホテル、我々の荷物に付いていた荷札
を見たのかドアマンが来てくれて「TAXI?」と言ってくれた.もう、すがるような気持ちで「Yes!」
である.顔は黒く、強そうだったが天使のように見えた.そのドアマンはホテルまで客を乗せて来た
TAXIをつかまえるなり、中をのぞき込み、運転手にほとんど命令するように行き先を告げていた.
→「がんばれ! ドアマン!」.心の中で応援する.
→あとで先輩に聞いた話だと、この時、TAXIの運転手はハンドルを軽く叩いて残念がっていたという.
つまり、金曜のこの時間帯はTAXIにとっては稼ぎ時で、JFKのような遠乗りは帰りに客を乗せら
れない可能性が高く、時間のロスにもなるのでみんな嫌がるとのことだった.
−ドアマンは今度は運転手に「トランクを開けろ」と告げる.半ば強引である.私はそそくさと荷物を
トランクへ運んで閉めようとすると、またドアマンが手伝ってくれて「バン!」と思いっきり閉めて
くれた.
→が、あまり勢いが強すぎてまた開いてしまったので、結局、私が閉めた.
−とにかく、頼もしいドアマンお陰で一行はTAXIに乗ることが出来た.これで一安心・・・・
●の、はずだったが、どうも乗り心地が悪い.どうやら運転手がイライラしていて運転が荒いらしいのだ.
−アクセルのオン・オフを延々と繰り返す、酔いそうな運転にも関わらず、私は妙な眠気と闘っていた.
→少し眠ったかも知れない.先輩は運ちゃんにぼったくられるのが怖くてずっと起きていたらしい.
−何とかJFK空港には着いたが、ホテルが何処にあるか分からない.インフォーメーションで聞くと
定期便が来るとのこと.これで本当に一安心だ.
●ホテルのフロントでチェックインして部屋に入る.このホテルも周りには特に何もなく、住宅街がある
だけなので、それから外を出歩くことはしなかった.そんな気力もなかったし・・・・.
−ベッドに横になり、先輩と今まであったことについて語らう.ある意味で一番楽しいときかも知れな
い.これでNYともお別れだ.明日はいよいよ日本へ帰る.JFK空港で何かお土産を買っていこう
と思う.
《第八日目》 12/7 (Sat.) 曇りのち晴れ JFK/成田
●朝はAM 6:00ごろ目が覚める.ついに、この1週間、目覚めの悪い日はなかった.一方、先輩はというと
昨日も1時間くらいしか寝られなかったようで、帰り際になって時差ボケらしい.「昨晩(きのう)は暇
でしょうがなかった」と言っていた.
−荷物をまとめてAM 8:00にチェックアウト.定期便で空港に向かう(結構遠い).
−こういったシャトルバスなんかでもチップ($1)がいるようだ.
→アメリカは"気持ち"を大事にする国らしい."気持ち"="お金"なのである.
●空港のチェックインでは日本人がいてくれたので大変助かった.何となく安心するものである.
−空港の店でお土産を買う.友達やら知り合いやらで結局、$85にもなってしまった.こんなもんか.
−出発までに時間があるのでコーヒーとパンで朝食をと思ったのだが、コーヒーはともかく、またパン
が甘い.またもや半分以上残す.
→アメリカ人はこんなのを毎日食べてるんだろうか?
●出発30分前なのでそろそろ飛行機に乗り込む.
−また行きと同じ中央の席だ.しかも、スクリーンの真前、首が痛くなるのを覚悟した.
−AM11:30出発.相変わらず飛行機はすごい加速だと思う.途中でパイロットがアクセルを緩めないよう
祈りつつ、無事離陸.何度乗ってもスリルがある.
●機内はまるで"ひまひま我慢大会"のように暇だった.
−しかし私はこういう時のためにMDウォークマンと単行本を持ってきていたのだった.
−先輩は何もせず、座っているか寝ているかどちらかだった.「ひまで死にそーだった」と言っていた.
当たり前である.
●しばらくすると、映画"インディペンデンス・デイ"を上映するというので見ることにした.すると、空
いていた隣の席に背の高い外人さんがスチュワーデスに案内されて座ってきた.
−目の前に広がるスクリーンの映像は迫力があって目が離せないのだが、先程からどうも隣の外人さん
が気になる.ひじ掛けを占領されたからか? いや、そうではない、外人さんの映画を見る"真剣さ"
が気になるのだ.そんなに面白いのだろうか、食い入るようにして見ている.
−映画のストーリーはその映像とは相反して、くだらない.簡単に言えば地球に来たUFO(宇宙人は
タコみたい)を撃退するだけなのである.アメリカ人(?)はこういうのが本当に好きなようだ.最後
は大統領みずから敵のUFOに突撃するのだが、これも日本では考えられない.とても、橋本首相が
自衛隊機で出撃するとは思えない.アメリカ人はすごい発想をする.
●何とか長い13時間余りにわたる"ひまひま大作戦"を終えて、成田空港に到着した.
−無事に帰国できて本当に良かったと思う.品川の寮に荷物を置いて、早速、いつもの青物横丁のラー
メン屋に直行した.とんこつラーメンがメチャうまいのである.日本も悪くない.
●そう言えば、ワシントンで逢ったあの娘はどうしてるんだろう?
−彼女のことだから一人でも大丈夫だと思うが、元気づけるためにこの日記を紀行文にして写真と一緒
に送ってやろうと思う.
●さて、今日はもう疲れたし、洗濯して寝よーっと!
The END.
《 備 考 》
●旅費の大まかな内訳は以下の通り(7泊9日).
−但し、現地での旅費(電車やTAXI)や土産代などは含んでいない.
1)航空運賃(往復一人) ・・・・ \ 86,000 ユナイテッド・エアライン
2)ホテル代(ワシントンDC ツイン2泊) ・・・・ \ 17,400 キャピタル・ヒルトン
3) 〃 (ボルチモア ツイン2泊) ・・・・ \ 10,300 デイズイン・インナーハーバー
4) 〃 (ニューヨーク ツイン2泊) ・・・・ \ 40,700 クラウン・プラザ・マンハッタン
5) 〃 (JFK空港 ツイン1泊) ・・・・ \ 10,300 ホリデイ・イン
合計 \164,700

このホームページについてのご意見やご感想は
こちらへどうぞ
copyright(c) 1997 manabu hashimoto